高千穂さんのご縁です。 Podcast Por RKKラジオ arte de portada

高千穂さんのご縁です。

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仏教にまつわる色々なお話を、分かりやすくお話していただく番組です。仏教由来の言葉、豆知識、歴史、迷信、風習、教義、作法などなど。 出演は、熊本市中央区京町にある仏嚴寺の高千穂光正さん。お相手は、丸井純子さん。

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Espiritualidad
Episodios
  • 【学問の起源と「まねぶ」心】──龍谷大学から学ぶ仏教の英知
    Mar 4 2026

    🔶日本における大学制度の変遷と起源

    日本の大学の起源は、701年の「大宝律令」にまでさかのぼります。当時は貴族の子弟を対象とした官吏養成機関でしたが、その後、日本最古の総合大学といわれる「足利学校」や、弘法大師空海にゆかりのある「種智院(しゅちいん)」など、多様な教育の場が生まれました。近代に入り、明治19年の「帝国大学令」によって西洋式の大学制度が整えられ、大正7年の「大学令」を経て、現在の私立大学を含む高等教育の枠組みが確立されていきました。


    🔶現存する最古の大学としての龍谷大学

    日本に現存する最古の大学は、京都にある「龍谷大学」です。その歴史は江戸時代の1639年(寛永16年)、西本願寺に設けられた「学寮(がくりょう)」に始まります。以来、学林、大教校と名を変えながらも一度も途切れることなく継続され、すべての記録が現存しています。重要文化財に指定されている大宮キャンパスの本館などは、幕末から明治にかけての面影を今に伝えており、学生たちは歴史的な重みを感じながら学問に励んでいます。


    🔶善導大師の説く「学仏大慈心」の教え

    浄土真宗の学問の根底には、中国の高僧・善導(ぜんどう)大師が『観経四帖疏(かんぎょうしじょしょ)』の中に記された「学仏大慈心(がくぶつだいじしん)」という言葉があります。これは「仏さまの大慈悲心を学ぶ」という意味です。仏さまの慈悲とは、すべての命を慈しみ、煩悩から解き放って仏にしようと願う心です。この尊いお心を学び、自分自身の指針としていくことこそが、仏教を学ぶ真の意義であるといえます。


    🔶「学ぶ」の語源に見る真似ることの大切さ

    「学ぶ」という言葉の語源は、真似をするという意味の「まねぶ」にあるといわれています。私たちは最初から仏さまのような慈悲の心を持つことはできませんが、そのお姿や教えを「真似る」ことから始め、少しずつ自分の中に吸収していきます。これは仏教に限らず、あらゆる学問や技術の習得に通じる姿勢です。先人の知恵や真理を敬い、自らの肉体や行動を通して実践していくことに、学びの本質があります。


    🔶大学生活という人生のかけがえのない経験

    大学は単に知識を得る場所だけではありません。親元を離れた一人暮らしや、社会の仕組みを知るアルバイトなど、学生時代のすべての経験がその後の人生の財産となります。仲間と語り合い、汗を流し、時には失敗しながら学んだ人間関係や社会経験は、教室での講義と同じくらい貴重なものです。これから大学を目指す方々には、学問はもちろん、その時期にしかできない多様な経験を宝物にしてほしいと願っています。


    🔶今週のまとめ

    日本に現存する最古の大学は、1639年に始まった本願寺の学寮を起源とする龍谷大学です。

    龍谷大学の大宮キャンパスには、重要文化財に指定された歴史ある学舎が今も残っています。

    善導大師は「学仏大慈心」と説き、仏さまの慈悲の心を学ぶことの大切さを示されました。

    「学ぶ」の語源は「まねぶ(真似る)」にあり、仏さまのお心を真似て実践することに学びの意義があります。

    大学生活における学問や様々な社会経験は、その後の人生を支えるかけがえのない財産となります。


    次回テーマは「3.11(東日本大震災)」です。どうぞお楽しみに。


    お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。

    お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

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  • 【卍(まんじ)の意味】──吉兆の印に込められた願い
    Feb 25 2026

    🔶卍の語源と世界共通の吉兆の印

    地図記号でお寺を表す「卍」は、単なる記号ではなく「万」という漢字でもあります。そのルーツはインドのサンスクリット語「スヴァスティカ」にあり、幸福や幸運を意味します。ヒンドゥー教ではヴィシュヌ神の胸の瑞毛(ずいもう)に由来し、仏教ではお釈迦さまの胸に現れた「吉兆の印」とされています。実はその歴史は極めて古く、ウクライナのメジリチ遺跡(旧石器時代)で発見されたものが最古といわれ、宗教の枠を超えて世界中で用いられてきた根源的な形なのです。


    🔶日本における歴史と地図記号への定着

    この印が中国へ伝わると、693年に武則天(ぶそくてん)によって「万(まん)」と呼ぶことが定められました。これは「あらゆる吉祥が集まる」という意味が込められています。日本では、奈良・薬師寺の薬師如来像の足の裏に刻まれているものが現存する最古の例といわれ、1300年以上も前から幸福の象徴として親しまれてきました。明治13年(1880年)には、国土地理院によって正式に寺院を表す地図記号として定められ、今日に至ります。


    🔶時代を越えて人々を惹きつける形

    卍は、古今東西を問わず人々を惹きつける魅力を持っています。江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎は、晩年に「画狂老人卍(がきょうろうじん まんじ)」と号しました。また、現代の若者の間でも「マジ卍」という言葉が流行したように、その形や響きには理屈を超えて心に訴えかける力があるのかもしれません。特定の宗派の紋(浄土真宗の「下がり藤」など)とは異なり、卍はお寺全体の共通の印として、世界中の人々に「ここは聖なる場所である」ことを伝えています。


    🔶「四つのL」で味わう仏さまの働き

    私の祖父である高千穂正史(たかちほ まさふみ)は、卍の形を「四つのL」が組み合わさったものとして味わっていました。一つ目はLove(慈悲)。すべての命を救うという阿弥陀さまの慈愛。二つ目はLife(限りない命)。いつでもどこでも私を支える命。三つ目はLight(限りない光)。どんな暗闇にいても届く仏さまの知恵の光。そして四つ目はLiberty(自由・解放)。迷いやとらわれから解放され、真実の道へと導かれる自由です。


    🔶仏さまの働きを象徴する卍

    卍という形には、これら「Love、Life、Light、Liberty」という仏さまの命の働きが凝縮されています。それは私たち一人ひとりに向けられた、限りない救いのエネルギーの象徴です。お寺の門前で卍のマークを見かけたときは、それが単なる記号ではなく、太古の昔から人類が願い続けてきた「幸福への祈り」であり、今ここにある私を包み込む「仏さまの慈悲の働き」そのものであることを思い出していただければと思います。


    🔶今週のまとめ

    卍はお寺の地図記号であるだけでなく、サンスクリット語の「幸運」を語源とする漢字です。

    その歴史は古く1万年前の遺跡からも発見されており、世界中で吉兆の印として用いられてきました。

    日本では薬師寺の如来像に刻まれたものが最古とされ、1300年以上前から幸福の象徴とされています。

    高千穂正史和上は、卍をLove(慈悲)、Life(命)、Light(光)、Liberty(自由)の「四つのL」として味わいました。

    卍の形には、私たちを救いへと導く仏さまの多面的な働きが象徴されています。


    次回テーマは「学問(日本最古の大学)のお話」です。どうぞお楽しみに。


    お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。

    お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。


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  • 【山本仏骨和上の生涯】──母の言葉に導かれた念仏の道
    Feb 18 2026

    🔶浄土真宗における呼び名と学階制度

    浄土真宗では、僧侶を「和尚(おしょう)」と呼ぶことは少なく、一般的には「住職」や「ご院家(ごいんげ)」、親しみを込めて「おっさん(御師さん)」などと呼びます。また、お寺の跡継ぎのことは「新発意(しんぼち)」と呼ぶ独特の習慣があります。こうした呼び名の一方で、学問を深く修めた僧侶には「学階(がっかい)」という位が授けられます。最高位の「勧学(かんがく)」やそれに次ぐ「司教(しきょう)」といった方々は、教えを導く立場として「和上(わじょう)」と敬称されます。本願寺派の僧侶約3万人の中で、この高位にある方はわずか30数名という、非常に厳しい研鑽を積まれた方々です。


    🔶勧学・山本仏骨和上の歩み

    今回ご紹介する山本仏骨(やまもと ぶっこつ)和上は、1910年(明治43年)に石川県の一般家庭に生まれました。お寺の出身ではないながらも、最終的には龍谷大学教授を務め、最高位の「勧学」にまで昇り詰められた、現代浄土真宗を代表する高僧の一人です。しかし、その人生は波乱に満ちたものでした。正規の教育は小学校までという厳しい逆境の中から、仏道への道を切り拓いていかれたのです。


    🔶スペイン風邪の惨禍と母の遺言

    山本和上が幼い頃、世界中で「スペイン風邪」が猛威を振るい、当時の世界人口の約3分の1が感染するという未曾有のパンデミックが起こりました。和上の家庭も例外ではなく、父と5人の兄弟を次々と亡くし、最後には母も病床に伏しました。見舞いに訪れた人々が、残される幼い我が子を案じて涙する中、お母様は「私は死んでもこの子から離れません。お浄土へ参らせていただき、そこからこの子を生涯守り続けます」と、明るい声で言い残されたといいます。


    🔶逆境の中で支えとなった母の眼差し

    母を亡くした後、和上は親戚の家に預けられ、子守などの奉公をしながら少年時代を過ごしました。同年代の子供たちが中学校へ通う姿を見て、進学できない自分を嘆き、悔し涙を流す日々もありました。しかし、そんな時にいつも思い起こされたのが、死の淵にありながら「お浄土から見守っている」と語った母の言葉でした。その言葉が、絶望の淵にあった和上の心を支え、学問の道、そして仏道へと突き動かす大きな力となったのです。


    🔶終わりなき命の繋がりと念仏の喜び

    山本和上の人生を導いたのは、極限の状態にあってもお念仏を喜び、救いの中に生きたお母様の姿でした。死は決して断絶ではなく、阿弥陀如来のお浄土において「仏」となり、今を生きる私たちを支え続ける働きとなる──。このお母様の確信は、まさに浄土真宗が説く「あらゆる命を救い取って捨てない」という阿弥陀如来の慈悲そのものでした。和上の功績は、この温かな命の繋がりを、自らの生涯をかけて証明し続けた点にあるといえるでしょう。


    🔶今週のまとめ

    山本仏骨和上は、一般家庭の出身から本願寺派の最高学階「勧学」に至られた、近代を代表する高僧です。 浄土真宗では師弟子という壁を作らず、学問を修め教えを導く指導者を「和上」と敬意を持って呼びます。 幼少期にスペイン風邪で家族のほとんどを失い、小学校卒という境遇から苦学の末に龍谷大学教授となられました。 死を目前にしたお母様の「お浄土から生涯守り続ける」という言葉が、和上の生涯を支える光となりました。 お母様が示された念仏の姿は、死を超えて続く阿弥陀如来の救いと命の繋がりを物語っています。


    次回テーマは「卍(まんじ)の意味」です。どうぞお楽しみに。


    お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。

    お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。


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