以前から繰り返し主張している事なのだけど小説、特に娯楽小説においては冒頭での「つかみ」は非常に重要な要素だと思う。小池一夫が唱えたとされる「冒頭では白昼の銀座を裸の女に駆け抜けさせろ」というフレーズに象徴されるが如く、時に強引さを感じさせるほどの強烈なインパクトを冒頭で与えないと読者に次のページを捲ろうという気を起こさせるのは難しい。
……が、ステータスというか創作に注ぎこむエネルギーをを「つかみ」だけに全振りしちゃうってのはどうなんだろう?今回ガガガ文庫から刊行された新人さんの作品はそんな事を感じさせてくれた一冊。
物語は香崎という田舎町に住む高校生・塔野カオルが転校生の少女・花城あんずと出会う所から始まる。東京からやってきたというだけで話題性抜群である上に整った容姿でいやが上にもクラスメイトの目を引くあんずだったが、話しかけた生徒に「本を読んでいるから話しかけないで」と言ってのける孤高ぶりを見せ付ける。そんな態度のあんずにクラスの女王的存在・川崎小春が突っかかるがあんずは挑発的な態度を示し小春を更に苛立たせる。
そんな雰囲気の悪いクラスを横目に見るカオルだったが、家に変えれば更に雰囲気は最悪。幼い頃に妹のカレンを事故で失うと同時に母親が失踪。母親の不義の子であるカオルは妻の失踪とともに酒に溺れる様になった父親と二人で息を潜める様にして生きていた。
その日も荒れた父親の相手をさせられたカオルは夜中に家を抜け出し線路の上を気晴らしに歩くが、トンネルの近くまで来たところで線路わきに設置された目立たない階段の存在に気付く。何気なしに階段を下りたカオルの目の前に現れたのは奇妙なトンネル。カオルは通学時に女子学生の話題に上がった「何でも願いを叶えてくれる」というウラシマトンネルの話を思い出し「そんなバカな」と思いながらも中へと足を踏み入れる。鳥居が並び松明が明々と中を照らすそのトンネルでカオルはある筈の無いカレンのサンダルを見付け、カレンが「カエルのうた」を覚えさせたインコのキイに遭遇。
唖然とするカオルだったが、女子学生の「ウラシマトンネルは何でも願いを叶えてくれるかわりに歳を取ってしまう」という話の続きを思い出し慌てて引き返すが僅かな時間の滞在と思っていたカオルは外の時間が一週間も進んでいる事実を突き付けられる……
……うん、こうやって冒頭を書き起こすとヒロインの造形、主人公の置かれた家庭環境、そして何より体感時間と実際に過ぎ去った外部の時間が食い違う「ウラシマ効果」を発生させるトンネルという舞台装置に至るまで「この小説は面白いに違いない!」と確信させるだけの材料は揃っている。
特に冒頭のウラシマトンネルの登場に続いて描かれるメインヒロイン・花城あんずのキャラクターが鮮烈。絡んできたクラスの女王・川崎を苛立たせる挑発的態度を取ったと思ったら一線を越えた瞬間に同性とはいえ女の子の顔をグーで殴るわ、校舎裏に呼びつけた「怖い先輩」にボコられても一瞬の隙を突いて逆転、ボールペンをこめかみに突き立てるわと大暴走。「さすがガガガが選んだ新人だ、ヒロインが尖りまくっている!」とますます引き込まれた。
その後ウラシマトンネルの存在を知ったあんずがカオルとトンネルの秘密を明かそうとしたり、あんずによって女王の座から引きずり降ろされた川崎にある変化が生じる第三章までは一気である。舞台装置は魅力的、ヒロインのキャラの濃さも突き抜けているという事で「これは超好みの作品を引き当ててしまったのではないか」と、この時点で期待値はマックスまで高まった。
……が、この膨らみまくった期待値が四章以降シュワシュワと萎むとはまるっきり想像できなかった。この本文の丁度半分となる三章終了時点がこの作品のピークだったと言えるかもしれない。
まず尖りまくっていた孤高のヒロイン・あんず、四章以降は凡庸な恋する乙女になります。「デレた」と表現しても良いけど、とにかく序盤で見せ付けていた世の中全てを敵に回しても我が道を往く様な突っ張った雰囲気はどこへやら。大した理由や切っ掛けも無しにカオルとの距離が縮まっていき、最後は単なる「カオルくん好き好き」状態の典型的ラブコメ脳に冒されてしまうというか。「最初のあの強烈さはなんだったん?」と首を傾げる事しきり。最低限この変化を読者に納得させるだけの「カオルに惹かれる理由」が示されれば良かったのだけど、単に二人きりで行動していたら勝手に惚れてしまいました程度の描かれ方しかなされてないので読者は置いてきぼりなのである。
で、サブヒロインの川崎も中盤近くでクラスの女王的ポジションから引きずり降ろされ自宅を訪ねたカオルやあんずの前で意外な顔を見せたのは良いのだけど……四章以降はストーリーの流れにも絡まずフェイドアウトしてしまうので前半で見せたあんずとの関係も大して活かされず仕舞いとなり「あれれ、このキャラの役目って一体何だったん?」とこれまた頭を抱える羽目に。
前半で期待していたキャラが後半に入ると凡庸化したりフェイドアウト気味になるので頼みの綱は舞台装置であるウラシマトンネルという事になるのだけど……普通SFでウラシマ効果が出てくれば「体感時間の差で大切な人たちと切り離されてしまう」という悲劇が描かれ、そこをどう乗り切るかがキモとなるわけで、個人的にもそこに期待した。
期待通り主人公のカオルは全てを投げ捨ててウラシマトンネルに突入、妹のカレンを取り戻すべく突っ走りカオルがウラシマトンネルで過ごす間に外界では【〇年と×××日が経過】と絶望的な時間が過ぎ去ってしまった事が示される。この演出のお陰で後半萎み気味になった期待値がここで再びググッと持ち直した。「これだよ、こういう過ぎ去ってしまった時間と外の世界に置いてきた大切な人たちとの間に開いていく距離こそがウラシマ効果の魅力なんだよ」と実に興奮した。
……が、その絶望感と引き換えにカオルが得た教訓があまりに凡庸。今さら「現実に立ち返れ」「身近な人間関係を大切にしろ」という20年以上前の劇場版エヴァンゲリオンみたいなテーマを突き付けてどうしろというのかと。そしてSF的な部分で期待した「ウラシマ効果をどう乗り越えるのか」という部分でのヒネリの無さが……過ぎ去ってしまった時間はどうともならず、昔と比べて歳を取った大切な人たちと復縁し幸せに暮らしましたって……それ主人公は失踪生活を送っていたのと何が違うの???
「つかみ」は大切なんだよ。けど「つかみ」で膨らませた読者の期待を裏切らないだけの展開を見せてくれる事はもっと大切なんだよ……序盤で期待させてからの尻すぼみでは読者が膨らませた期待は不完全燃焼を起こしてしまうし、「あれだけ期待させておいて、最後はこれなの?」と失望感が残ってしまう。第三章まで見せてくれた「キラッキラの新人が最高の舞台とキャラを整えてくれた」という展開が第四章以降で使いこなし切れずに凡庸化していく展開を読んだ時の「あああ……勿体ない」という気持ちは何ともし難い。
前半までを読んだ時は「うむ、間違いない五つ星だ!」と思ったんだけどねえ……後半まで息が続かなかったのか「逃げ切るスタミナの無い逃げ馬のレース」を見たような気分になる一冊であった。